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Sapporo Boys Story

~おれたちの歴史~

 2000年、夏。

 正木英之(当時、平岡南少年団で指導。現サッポロボーイズ代表)が仲間と立ち上げた「指導者ネットワーク」(札幌の少年団を中心として交流をはかるグループ)から選抜された、フェスティバルに出場するための合同チーム「札幌ボーイズ」がつくられた。目的は、その年の静岡「清水草サッカー大会」および浦河「シンザンカップ」に出場すること。(この時のメンバーには、当時小学校6年生、コンサドーレ札幌U15に所属することになる高橋一雄(現サッポロボーイズU12・FCフォルテU12コーチ)も参加していた。)この「即席」チームは、出場した2大会で好成績をおさめることになる。参加した6年生メンバーが、このチームの解散を惜しみ、「中学生では一緒にやろう!」という機運が高まり、つくられたのが、「サッポロボーイズU15」(現FCフォルテU15)である。2001年、中学1年生のみでU15チーム、およびサッカースクールの活動がスタートした。

 2004年、札幌中央区の強豪「山鼻サッカースポーツ少年団」をサッポロボーイズU15の下部組織化する形で、「サッポロボーイズFC U12山鼻」が設立された。ここには、当時の山鼻少年団代表木村氏が、「これまでの「少年団」の形を変えることを模索する時期だ」という思いがあった。一般的に少年団は、「父母会」が運営し、小学校の先生もしくは無償ボランティアのお手伝いコーチが、子どもたちにサッカーを教える。先人たちの「情熱」「熱意」に支えられ、少年団は続いてきた。ただ、時代は変わり、すべての少年団が同じような形で存続していくことが難しくなってきていたのも事実だった。少年団とは形を変え、常にコーチが関われる状態をつくることで、地域で子どもたちがサッカーを楽しめる環境を維持していくことを目指し、山鼻サッカースポーツ少年団の輝かしい歴史を背景として、サッポロボーイズFC U12の歴史はスタートした。

 2006年、正木は二人の大学生に声をかける。当時、東京の朝鮮大学校に通いながらサッカーの指導者を志していた朱地永(チュ・チヨン、北海道朝鮮学校出身 現清水エスパルス普及部コーチ)と、北海道大学サッカー部でプレーしていた川内悠平(現FCフォルテU15・サッポロボーイズU12監督)である。川内は北海道朝鮮学校で指導していた藤代隆介氏(現(公財)北海道サッカー協会専門員、前職JFAアカデミー福島コーチ)のもとでサッポロボーイズのスクールコーチをスタート。朱は2007年の大学卒業と同時にサッポロボーイズで指導を始めることとなった。2007年からは高橋も指導に加わる。北海高校サッカー部で全国大会を経験、札幌大学に進学するタイミングで縁のあった正木に声をかけられ、サッポロボーイズU15のアシスタントコーチになった。2007年秋、大学でのプレーを終えた川内(翌年以降は大学院に2年間進学)がサッポロボーイズU12の指導をスタート。川内が高学年、朱が低学年と分担し、くしくも地元が一緒で同い年だった二人が2008年からサッポロボーイズの指導にあたることになる。

 2007年の6年生は正木が鍛え、人数も揃い、実力のある選手たちであり、全道を争うチームだった。そんな6年生が卒団してしまった2008年は、全学年で30名を下回った状態でのスタートとなり、危機的な状況だった。

 ただそのぶん、若い二人の指導者がガムシャラに指導にあたる。トレセン活動にも関わりながら、朱は低学年の指導に徹底的に集中すると同時に、スクールにも力をいれ、「キッズスクール」をたちあげるなど、この時期の朱の活躍が、2010年代のボーイズの隆盛を支えることになる。人数も少なく、結果もなかなか出なかったものの、その分試合に出続けた5年生が力をつけ、翌2009年には全道経験のあるチームもフットサルで破り、久しぶりの全市大会出場。また、朱が低学年から育てた4年生が札幌市大会で3位となり、この代は6年生(2011年)時、決勝では北郷を破り、優勝を果たす。翌2012年の6年生は同じ大会で準優勝。個人個人の技術に優れ、相手を圧倒するゲームをみせた。このチームには紺野悠仁(現コントロール塾コーチ)がおり、この時期から札幌の中でも上位を狙うチームとなっていく。また、​2012年はサッポロボーイズU15と北海道朝鮮学校サッカー部が合併し、「FCフォルテU15」「FCフォルテU18」が誕生した年でもあり、現コーチの古川晃一がFCフォルテU18一期生として所属していた。

 2013年もまた、個々に力のある選手が揃っており、全道進出チームにも勝つ試合を展開。この学年の背中をみて、最も全道大会に近づいたのは2014年。この学年は5年生になるタイミングで人数が減ってしまい区予選を突破することも難しかったが、力のある一個下の学年とともに結束し、全道フットサル選手権札幌予選で代表決定戦へ進出。この年からFCフォルテ下部組織としてクラブ登録し名実ともに兄弟チームとなった北郷とPK戦まで戦い、惜しくも全道を逃す。

 この経験を糧に全道大会を狙う2015年、チーム初のナショナルトレセン北海道選出選手を要し、「個」の力のある選手たちが揃っていたが、くじ運にも恵まれず、前年以上の結果は出せなかった。

ただこの年は、現在のサッポロボーイズの指導を担う古川晃一(当時大学3年目)、冨樫誠(当時大卒1年目)、山口遥也(当時大学1年目)が指導者をスタートさせた年でもあり、ボーイズに大きな功績をのこし2013年に清水エスパルスに籍をうつした朱の穴を埋め、新しいサイクルが始まった年ともなった。

 2016年のチームは1年生からチームとしてサッカーをすることに取り組み、現在のスタイルの起源ともいえる。それは、それまで個人の「テクニック」面を重視し全道大会を争う段階から全道大会に出る、勝つレベルにあげていくこと。「サッカー=チームスポーツ」をサッカーとしてプレーすることで、たとえパワーやスピードで負けていても、相手を上回ること。どんな子でも「サッカーをサッカーとして楽しめる」こと。地域の街クラブとして、子どもたちみんなにサッカーを通して何をのこせるのか…というチャレンジでもあった。その模索のなかでであうのが、「フットサル」「スペインのサッカー」であった。2017年には(一社)HKDスポーツアカデミーと提携し、スペインのメソッドを学びながら、クラブ独自の「サッポロボーイズ・FCフォルテメソッド」を策定。その修正と改良は今も続いている。

 2017年は「実行力」のある選手たちが「プレーモデル」(チームとしてまず狙う、共通認識)のなかで自分の力を発揮、全道で優勝したチームともPK戦までもつれこむ接戦を演じた。2018年、2019年のチームは低学年のときには人数が少なく、試合にも勝てないことが多かったが、両チームとも6年時には他のチームとは明らかに違う「サッポロボーイズらしい」チームに大きく成長すると同時に、2018年には2度目のナショナルトレセン北海道選手を輩出した。なお、2019年のチームは長らくサッポロボーイズの6年生を担当してきた川内ではなく、高橋が4年生から育てたチームであり、「サッポロボーイズ・FCメソッド」のなかで、誰か一人のコーチに頼るのではなく、クラブとして、「サッポロボーイズらしい」チーム、選手の育成にもチャレンジしている。

 

 そして2020年。これから、どんな物語が紡がれていくのだろうか…

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